エステの体験談
肉体賛美の視線初年代に、、ボディコンというファッションが一世を風廃したことがあった。
その名の通り、からだのラインをこれでもか、と強調するスタイルで、実は女の生き方の草命的な出来事であったのだけれど、日本では、あっという聞にファッションから「風俗」へと変わってしまった。
つまり典型的な「モテ」服となり、どんどん汚く、洗練しゅうえんとは逆の方向に進化してバブルの象徴となった。
そして当然のごとく、その終罵とともに姿を消した。
そんなボディコン時代に登場したアライアの服は、もっとも難易度の高い「着たいけれど着られない」服、と言われていた。
あまりにもシャープで、細身で、美しく、また高価でもあったからだ。
当時、アライアを着られる、ということは裕福で洗練されていて、そしてスリムなからだを持つ女の証明だった。
けれど、そんなひとはごく少数のモデルや女優だけに限られていた。
ボディコンとはボディ・コンシヤス、つまり、からだを意識するスタイル、というネーミングであったにもかかわらず、日本の女性たちはまだまだ本当の意味で、からだへの意識改革ができていなかった。
バブルが弾けるとともに、いつの間にか姿を消してしまったアライアの服を、新しい世紀が来た噴、表参道の「叩コルソコモ」で見つけたときの驚きと感動は、たとえば、たいして好きではなかったはずなのに、なぜか切なく思い出す昔の恋人にばったり再会したような気持ちに似ていた。
まだデザイナーをやっていたんだ、よかったなあ加年代の彼の服は自分と何の縁もないものだったのに、そんなことを思った。
あの狂騒の時代を生き延びて服作りをする情熱が、このチュニジア生まれのデザイナーに、ちゃんと残っていたというこるアライアの服は、とてもシンプルな黒の、コートとジャケット、スカートがいくつとが嬉しかったのだ。
いま「叩コルソコモ」や同じく表参道の「コムデギャルソン」で見ることの出来かと、目の覚めるように美しい深紅のツインニット、そして定番のバレエシューズといった限られたアイテムだけである。
サイズ展開も季節ごとのデザインの変化もあまりなく、屈のコーナーにひっそりと置かれている。
にもかかわらず、そのコーナーだけがブティックというより、むしろミュージアムの気配を湛えているのは、アライアの服がまさに彫刻的な、芸術作品にも匹敵するほどの完成度の高いシルエットを備えているからだろう。
ウエストはウエストの位置に、お尻はお尻の位置にー|アライアは、女たちにそう訴えかけてくる。
正しい位置、正しいくぴれ、正しいふくらみ。
それらがあってこそ、女のからだは美しく完成する。
あなたのからだはそれをしっかり保っているか。
「いません(泣)」と答えるしかない。
けれどもボディコン時代にはわからなかった、真撃な、ある種、悲劇性すらともなう深い女性賛美を、その服たちから感じとることはできる。
着ることは難しいかもしれないが、見たり、触れたりすることはできる。
そのとき、女としての肉体を肯定し愛する情熱が、自分の中にも、ひたひたと魁つてくるのがわかるのだ。
コンサパ女の救世主ジユンヤワタナベコムデギャルソンあるとき出会った一枚の服で、おしゃれの枠がポンと広がることがある。
そのときの、目が見開かれるような新鮮さ、知らなかった世界に連れて行かれるスピード感のようなものは何度味わっても心地よい。
血がシユワーッとミントソーダのように泡立つ感じ、とでも言えばいいだろうか。
わたしが彼女に選んだのは、布をぐるぐると巻きつけたような、なんとも形状がはあるとき女友だちを連れて、ジユンヤワタナベの屈に行った。
それまでシンプルなパンツを定番としていた彼女である。
かねてからわたしはスカートを勧めていたが、「おばさんぽくなる」という理由で、気に入ったスカートに出会うことがなく、何年もが過ぎていた。
っきりしない不思議な黒のミニスカートだった。
「コムデっぽくてわたしには無理よ」と彼女は言った。
コムデっぽい、とは、近寄りがたく、着こなしがたい、というコンサパな人々がよく使う「暗号」の一種である。
もちろん長くコムデギャルソンにいたデザイナーなのだから(いまもコムデギヤルソンの一員だが)それは当然だ。
でも、ちょっと着てみてごらんよ、クチュールっぽさがあるから、きっと似合うよ。
わたしの言葉に促されて、恐る恐るスカートを抱えて、彼女は試着室に入った。
結果は見事だった。
不思議なゴージャス感のある、その「コムデっぽい」スカートは、小柄な彼女にしっくりと似合い、スカートでも決しておばさんぽくならない、軽快で迫力のあるモダンなスタイルができ上がる、ということがわかったのだ。
以来、彼女のスタイルは一変した。
常に主役はそのスカートで、トップスはシンプルなニットかTシャツ。
生々しくならないように、ストッキングはやめてレギンスかタイツをはく。
それに形のきれいな凝ったパンプス。
コンサパでもトレンドでもない、彼女独自のスタイルができあがり、定着していった。
その後、スカートは代を重ねたが、最初に二人で選んだエポックメイキングな一枚は「すりきれるまで」着たそうだ。
おしゃれには冒険が必要、と彼女を見て思う。
今まで足を踏み入れたことのない店に行き、ジユンヤいろいろな服を試着してみると、思わぬ可能性に出会うことがある。
ワタナベの服は、男性のデザイナーらしい構築的なラインが、からだをきれいに見せる。
ドラマ性という点においては、ヨーロッパの伝統を再構築する知性を感じさせる。
もちろんアヴアンギヤルドな服も多いのだが、そのなかから自分に合だいごみったものを探し当てるのは、わくわくするおしゃれの醍醐味だ。
この女友だちの着るジユンヤを見て、買いに走ったという女性もいた。
今まで一度も「モード」系の服を着たことがなかったというが、外資系の堅い会社に勤めている彼女の周りの人すべてが、その服を褒めるそうだ。
コンサパとモードの聞をうまく舵取りする愉しみ。
目を見開いてみれば、服にも着る側にも、そんな豊かさが広がっている。
しなやかな未来「タオ・コムデギャルソン」のスワトー刺繍ハンカチで作られたトレンチコートを見たときの驚きは、忘れられない。
2005年の春、知人の編集者がパリの展示会を見て来て「もう、すごく素敵だっゐじさいた。
純白と紫陽花色のコートなのよ!」というのを聞き、店頭に出るのを心待ちにしていた。
このブランドは、コムデギャルソンのグループのひとつとして、この年がデピユスワトー刺繍ハンカチを服に使うなんて、さすが「タオ」というネーミング、陰陽の東洋思想をファッションで表現するのかしら、と興奮したが、タオというのはデザイナー栗原たおさんの名前だと知った。
渡辺淳弥氏の後をついで、トリコ・コムデギャルソンのデザインを手がけていたひとだという。
写真で見ると、まだ若くて少女のような雰囲気の女性だ。
たおさん、とは素敵な名前。
きっとご両親の思いがたくさんこめられているのだろう。
やっと秋が来て、店頭で手にとって見たトレンチコートは、今までに一度も見たことがないものだった。
身ごろ一面のスワトー刺繍の、息を呑むほど凝った美しさ。
身ごろは白い無地で、裾だけに刺繍ハンカチを縫い留めたタイプのものは、まるで花びらのように愛らしい。
白と、淡い紫陽花のような青の刺繍の組み合わせ。
それは今まで思っていたこの伝統工芸の、ちょっともったりした感じを一新させられる鮮烈な衝世EFeごっ:。
車与手J ,4 ナJスカーフで作った服といったものは見たことがあるが、やわらかなコットンのハンカチをトレンチコートに使うなどというアイディアは、だれも考えつかなかったに違いない。
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